2019年でヤフブロが終了ということで、引っ越してまいりました。
⛩開運散歩 ~江戸七氷川めぐり~ 【小日向・簸川・高田】
さて、『江戸七氷川めぐり』の続きです。前回は 【赤坂
氷川神社】【麻布氷川神社】【白金氷川神社】【渋谷氷
川神社】をご紹介しました。残すところ、あと2社です。




【小日向神社】(上水の鰭なる萬年寺山の社)


⑥上水の鰭なる萬年寺山の社、とはどこでしょうか
上水は神田上水(神田川)と考えられます。つまり
田川近くにある神社ということになります。これに該当
しそうなのは、小日向神社と高田氷川神社。



神田川のすぐ傍の神社ということは、【小日向神社】と
なります。小日向神社は、明治2年に氷川明神社と田
幡を合祀・改称したものです。氷川明神社は
前(江戸時代まで)は日輪寺の境内にありました。



日輪寺の背後には蓮華山という山があったそうです。
これが萬年山だと考えられます。


【簸川神社】(巣鴨の入口なる氷川の社)


⑦巣鴨の入口なる氷川の社は小石川にある【簸川
神社】です。 古くは氷川大明神、明治以降は 氷川神
社と称していました。



大正時代に「氷川」が出雲国簸川に由来するという
研究結果から、簸川神社へと改号しています東京
空襲本殿が焼失、昭和33年に再建されました。



新しく造られた社殿は神明造。社殿だけでなく
も、石段も、立派な神社でした。



これで七氷川は終了ですが①と②が合祀でしたの
で全6社となり、これでは消化不良なので ⑥の番外
編と【高田氷川神社】も含め 7社にしましょう


【高田氷川神社】(山吹の里川宮)


高田總鎭守氷川神社の創建は、今から1200年近く
平安時代 貞観年間(859-877年)。鎌倉・室町時
代には、「山吹の里川宮」と呼ばれていました。



昨年9月に 参拝した際に 御朱印を頂いています。
御祭神は勝運良縁病気平癒に効果あり。御朱印
は月替わりになっているのが特徴です。



他の月にはお雛様や藤や菖蒲など季節感のある
御朱印が頂けるのは嬉しいですね。


さあ最後に『江戸七氷川めぐり』の御朱印を一挙大
公開します。高田氷川神社の御朱印を加えたことで、
数も、見栄えも、華やかなものになりましたね







スポンサーサイト



⛩開運散歩 ~江戸七氷川めぐり~ 【赤坂・麻布・白金・渋谷】
お正月の『七福神めぐり』を東海・亀戸・港と3つクリ
アしてさて次はどこに行こうか
 
と思っていたところ
港七福神の麻布氷川神社の記事で触れたように
は『江戸七氷川』を巡ろうと思います。



江戸七氷川』とは、江戸に鎮座していた七所の氷川
神社。江戸時代に書かれた『望海毎談』に こう記さ
ています。①赤坂御門の外の社、②今井の徳盛寺の
内の社③麻布一本松の市中の社④羽根田村にて
新堀近き所の社、⑤下渋谷にて羽根田屋敷口社、
⑥上水の鰭なる萬年寺山、⑦巣鴨の入口なる社、
の七箇所。


【赤坂氷川神社】(赤坂御門の外の社)


①赤坂御門の外の社については【赤坂氷川神社】で
す。江戸七氷川の筆頭神社であり以前には赤坂氷
川神社の公式サイトに七氷川に関する記述があ
そうですが、今は削除されています。



また②今井の徳盛寺の内の氷川の社はかつて赤
坂氷川神社の隣にあって明治16年に合祀された本
氷川神社だとされています。したがって現在は存在
しません。



こちら赤坂氷川神社は私が御朱印を始めた頃平成
29年に『東社めぐり』をした際に 御朱印を頂きま
した


【麻布氷川神社】(麻布一本松の市中の社)


③麻布一本松の市中の社は【麻布氷川神社】で間
違いないでしょう麻布の総鎮守で麻布明神とも呼
ばれました天慶5年(938年)源経基が勧請した
伝えられています。



社殿は 昭和20年(1945年)の空襲で焼失し現在の
社殿に戦後再築されました『港七福神』の毘沙門
天が祀られています今年の1月に御朱印を頂いて
います。



ここは「美少女戦士セーラームーン」に登場する火川
神社巫女火野レイが住む神社のモデルなんだて。
ファンの間では聖地巡礼の地としても有名です


【白金氷川神社】(羽根田村にて新堀近き社)


④羽根田村にて新堀近き社に関しては諸説ありま
す。“羽根田”という地名は現在の大田区ですが
田区には該当の神社がありません。



もう一つのキーワードの“新堀”は、新堀川。現在で
は古川と呼ばれる渋谷川の支流ですと考えると…
新堀川に近い氷川神社といえば
【白金氷川神社】
となります。



こちらは東京メトロ南北線、もしくは都営地下鉄三
田線「白金高輪駅」から、徒歩2分のところにありま
す。


【渋谷氷川神社】(下渋谷にて羽根田屋敷口社)


⑤下渋谷にて羽根田屋敷口社は【渋谷氷川神
社】です下渋谷村・下豊沢村の鎮守。創建年代は
詳らかでありません。



渋谷地区の最古の神社で、源頼朝が勧請したとか、
金王丸が信仰した。というのは後世に附いた伝説
と考えられています。



境内には 江戸郊外三大相撲の一つ金王相撲の相
撲場の跡がありますこちらは平成29年に渋谷で
御朱印めぐりをした際に頂いています。

残りの2社と、全ての御朱印は、後半戦でまとめて
アップします
⛩開運散歩 ~港七福神めぐり~ 【天祖神社・久國神社・熊野神社・宝珠院】
『港七福神めぐり』も いよいよその後半戦です。今回
六本木から飯倉最後に増上寺に寄るコスです。
残る四社は 天祖神社、久國神社、熊野神社、そして
宝珠院を巡ります。




【六本木天祖神社】(福禄寿)


南北朝時代の至徳元年(1384年)の創建。当時 この
社に毎夜江戸湾から🐉龍が灯明をあげに来た。とい
言い伝えがありました。



そのためこちらは[龍土神明宮]と呼ばれていました。
すぐ横には東京ミッドタウンがあるまさにビルの谷間
にあるオアシスのような癒し空間です。



こちらでは通常毎月辰の日のみの御朱印授与に
りますが、お正月のこの期間元旦~成人の日)だ
毎日頂くことができます。



また、『港七福神』の福禄寿さんの御朱印も もちろん
頂きましたよ


【久國神社】(布袋尊)


寛正6年(1465年)太田道灌が江戸城鎮護のため
溜池畔に勧請した と言い伝えられます。私も以前に
赤坂氷川神社に来た際、前を通り過ぎていました。



鎌倉時代の名工久國の作による名刀が太田道灌に
よって寄進されました。これが神社名の由縁というこ
とでしょう。



正面拝殿の額は勝海舟の筆によるものとされます。
ここに祀られている布袋像は、70年以上前に作られ、
本殿奥の厨子の中で大切に守られています。



こちらで頂けるのは久國神社の御朱印と、布袋尊さ
んの御朱印です。


【飯倉熊野神社】(恵比寿)


社伝によれば養老年間(717-724年)、芝浦の地に
鎮座。 文明年間(1469-1486年)、太田道灌により再
建されました。



道灌は、赤羽橋付近へ出陣、凱旋した際、鯛を供え
戦勝祈願したことから祈願成就、必勝祈願の神社と
されます。



こちらでは、熊野神社と 恵比寿さまの御朱印を頂き
ました。



ここまで来ると🗼東京タワーが
大きく見えます。と
いうか🗼東京タワーの真下です。さあ、残すはあと
一社、宝珠院に急ぎましょう


【三緑山宝珠院】(弁才天)


貞享2年(1685年)増上寺三十世霊玄上人が 白蓮
池に弁天堂を建立同時に三緑山宝珠院を開創し
ました。



港区指定文化財の閻魔大王が祀られていること で
も有名ですが…今はお堂の改築と像の補修のため
こちらにはいらっしゃいません。



こちらの弁才天は 出世した源頼朝や川家康の信
仰も受けたことから 『開運出世弁才天』 と言われて
います。




こちらの御朱印は超~ゴージスです。黄金の文字
阿弥陀如来、薬師如来、弁才天、閻魔大王のお
正月スペシャル



最後に 増上寺をお参りして帰ります。そして『港七
福神』の御朱印を一挙公開です有り難うございま
した










⛩開運散歩 ~港七福神めぐり~ 【十番稲荷・大法寺・氷川神社・櫻田神社】
品川、亀戸に続く新年第3回目の御朱印めぐりは、港
七福神です
 こちらは、通常の七福神に加え『宝船』
も含め、全部で八社を巡ります。




【十番稲荷神社】(寶船)


東京タワーや 六本木ヒルズを間近に仰ぎ見る麻布十
番は江戸の昔からの伝統を受け継ぐ老舗と若い人
を惹きつける佇まいが魅力の街です。



十番稲荷神社は、慶長年間(1596-1615年)の創建で、
元禄4年(1692年)までは坂下町東方、雑式に鎮座し
いましたが元禄6年(1694年)に現地に遷座されました。


 


江戸時代に大火があった際に「邸内にあった大蛙が
水をかけて屋敷を守た」という言い伝えからガマガ
エルがこちらの神社のシンボルとなっています



ここで頂けるのは十番稲荷神社の御朱印と寶船
御朱印です。


【榮久山大法寺】(大黒天)


慶長2年(1597年)、慈眼院日利上人によって創建さ
れました享保15年(1730年)日舜上人法華経三万
部読誦の功徳によて大黒天尊蔵を感得されました。



このご尊像が伝教大師作「三神具足大黒尊天」です。
「三神具足」とは、大黒天の小槌を持ち弁財天の髪
をいただき、背には毘沙門天の鎧をつけています。



つまり 大黒天の福寿と、弁財天の円満と、毘沙門天
の除災得幸を表して居られると 讃えられることとな
りました。



こちらでは大法寺(南無妙法蓮華経)の御朱印と
黒天さんの御朱印を頂くことができます。


【麻布氷川神社】(毘沙門天)


天慶5年(942年)源経基が平将門の乱平定のため
東征した際、武蔵国豊島郡谷盛浅布冠の松(現麻布
一本松)の地に創祀・創建されました。



2,000坪以上の社有地を有したといわれましたが、創
建地が増上寺の所領となり、万治2年(1659年)元麻
布へ遷座。江戸時代、江戸七氷川に数えられました。



「江戸七氷川」 とは、江戸時代中期に記された「望海
毎談」 に記載されている 江戸で信奉を集めていた七
つの氷川神社のことを指します。



この「江戸七氷川」も いずれ参拝したいと思っていま
す。ちなみに他は赤坂、渋谷、白金、高田、小日向、
千石にあります。


【櫻田神社】(壽老人)


治承4年(1180年)源頼朝の令により霞山桜田明神
として霞ヶ関桜田門外に鎮座。寛永元年(1624年)に
は現在の場所に遷られました。



神社周辺はかつて陸奥白河藩阿部播磨守の下屋敷
があったところ。 新選組の沖田総司の生誕地であり、
総司の墓が近くのお寺にあります。



源頼朝が30貫の田畑を寄進。それを一般農家の田
と区別するため御神田の畔に 桜を植えたことが「桜
田」(神社名)の由来だそうです。



こちらでは 櫻田神社と寿老人の御朱印を頂きました。
明日の後半戦は、残りの4社です
⛩開運散歩 2019年、9冊目の御朱印帳に突入しました♪


2019年1月、今年の初頭から新しい御朱印帳をゲット
ました
 今度の御朱印帳は中央区日本橋小網町
【小網神社】のものです。



お正月の松の内だったので、東京最強パワースポッ
トとも言われる小網神社は大人気
 
初詣や七福神
めぐりで、こんなに大行列ができていました。



【亀戸七福神めぐり】と【港七福神めぐり】の間に御朱
印帳が足りなくなったので以前にも購入した小網神
社へと急遽、調達に奔走しましたよ



これで9冊目となります。当初は10冊を目指していた
ので、ついにあと1冊となりました。これまでは、①江
神社、②小網神社、③下谷神社、④寒川神社。



⑤居木神社(いるぎじんしゃ)、⑥椿大神社⑦大将軍八
神社⑧上神明天祖神社そして⑨が小網神社です。
今度のは黒地に🐉龍が刺繍されているもの。



今までの一連のテイストを踏襲しています。せっかく
なので、ご近所の【三光稲荷神社】にも お参りしてき
ました。



ここは、江戸時代から猫を見失ったときにここで願掛
けをすれば無事に帰る という「失せ猫祈願」として有
名だったようです。



こちらは無人の神社ですが人形通り沿いにある化
粧品店「オキナ」にて、書き置きの御朱印であれば頂
くことが出来ます。



これで次回からは、心置きなく【港七福神めぐり】をま
われますね